最近の派遣地からの便り

 2011年度の新派遣者が派遣されて2ヵ月が経とうとしています。今回はモンゴルという初めての派遣地です。厳しい冬がようやく終わりを告げたころでしょうか。新派遣者からのレポート第1弾が届きました。なかなか始まらなかったモンゴル語の授業も4月後半から開始されたようです。

サエンバエノ~? 
(おげんきですか~?) 

東京教区立川教会 町田春海

 主のご復活おめでとうございます!!
 モンゴルに来て約2週間が過ぎました。まだ毎日が刺激的で、新しい出会いや発見がいっぱいです。
 私達の住むウランバートルは、とても小規模なモンゴルの大都会です。地図で見ると私達の住む場所から中心部までは少し離れているように感じていたのですが、歩いて行けてしまいます。ただ、標高が高い(約1300m)せいか、走ったり階段を上っていると息が上がるのが早い気がします。ある日本人のシスターは「日本人は、最初3年間はゆっくり過ごしなさい、と言われた」と私達に教えてくれました。それに従うと、私達は任期終了までゆっくり過ごすことになってしまいます。今の季節は春ですが、毎日晴れているのに気温差が激しいことに驚きます。夜は毎日マイナスまで下がり、昼間は日によってまちまちです。とても温かい日もたまにありますが、風も強いためコートは手放せません。乾燥していて風が強いため、砂埃がすごいです。日没が遅く、夜8時頃までうっすらと明るいです。
凍った川
 私達は今、淳心会のシスターが保有するアパートの一室に住まわせていただいています。室内はセントラルヒーティングが通り、とても温かいです。5月になったら止まるという情報があるので、今はそれがとても不安です...。
 あちこちに小さなスーパーがあり(フィリピンのサリサリストアに似ている)、物も豊富で安いため、生活には困りません。大きなザハ(市場)やショッピングセンターのようなものもあります。ほとんどの物は中国か韓国からの輸入品です。
 モンゴルの人々は、ぱっと見ただけでは日本人と変わりません。私達も街中を歩いているとよくモンゴル語で話しかけられます。モンゴルの人は、挨拶をしても特に愛想が良いわけでもなく、とてもさっぱりとした印象を受けます。何かを尋ねても、わからないとあっさり無視されることもよくあります。もちろん、一生懸命助けてくれようとする人もいます。英語はほぼ通じないのですが、日本語を話せる人が多くて驚きます。何度か助けられました。
 モンゴルに来ているミッショナリーのための新しい語学学校がこの4月から始まる予定になっていたのですが、まだ始まりません。英語のクラスは13日、やっと始まりましたが、肝心のモンゴル語のクラスは本格的に始まるのは来月からになりそうで、少し焦りを感じています。
サエンバエノ~? 
(おげんきですか~?)

長崎教区小ヶ倉教会 松本里沙

 ご復活おめでとうございます!!皆さまお元気ですか?私は元気です。
 3月29日にモンゴルに来て、人生初、桜のない春を過ごしています。ここに来て半月が過ぎましたが、その間に色々な人に会い、色々な事がありました。この紙面でどれだけ伝えられるか分かりませんが、モンゴルの街や、教会で出会った人たちや、なんだこれ!!と驚いたことなど、分かち合えたらと思います。
 初日は、これからお世話になるモンゴルの司教様(フィリピン人)や、シスターたちに挨拶をしました。私たちの派遣先はまだはっきり決まっておらず、6か月の語学研修中に色々なところを見せてもらいながら、私たちに出来そうなことを選ぶという形になります。
徹夜祭
 その後の数日は、生活に必要な物の買い出しや、手続きをして過ごしつつ、主日は司教座聖堂のミサに行って過ごしました。(司教座聖堂は大きなゲルの形です!)
 モンゴルの子ども達はあまり物怖じせずに、挨拶すると「サエン(元気だよ)!!」と笑顔で返してくれます。
 司教様もその周りの方々も教会の集まりによく誘ってくださり、気にかけていただいていることをとても感じます。有難いです。
 私たちのアパートは、ショッピングモールやナランドールザハという一番大きい(そして一番危険)と言われている市場へ歩いてすぐの場所にあります。心配していた野菜も、多分中国産がほとんどですが、お店でちゃんと手に入ります。
 モンゴル料理の店にも入りましたが、ホーショー(?)という、小麦粉の生地で牛肉を包んで揚げたジャンクフードが、すごくおいしいです。
 寒さは心配していたほどではありませんが、約1300メートルという標高のせいか、着いて2・3日は息切れがしたり少しふらついたりすることがありました。今は平気です。
 こちらはやはり日が長く、夜の8時過ぎてようやく薄暗くなってきます。
 復活までの3日間は、シスターたちが司牧活動に行っているシュウウ(『鳥』の意)という小教区に泊まり込みで連れて行ってもらいました。入国してからは、どちらかというとロシア色が濃い街中でしか過ごしていませんでしたが、ここでようやく広々としたモンゴルの大地に出ることができました。
 東ティモールにおけるMillennium Development Goals (MDGs)の目標6。それは、マラリア、結核、HIV/AIDSに立ち向かい、減少させていくこと。今、東ティモールはちょうど雨季。マラリアの季節。ということで、今回は、AFMET(東ティモール医療友の会)のプログラムの中から、マラリア減少の為の活動を紹介したいと思います。

東ティモール・AFMET-東ティモール医療友の会

横浜教区大和教会 渡邉怜子

 ちょっとマラリアから話題がそれますが、最近東ティモールの国営放送では毎日のようにデング熱への注意を呼び掛けています。
kubasa
首都ディリにある国立病院のデング熱による入院患者は200名を超え、病院の許容範囲を優に超えてしまい、今までに10名が亡くなったと伝えられています。AFMETのお手伝いさん、ロザさんの娘さんは今年からディリの学校に通い始めましたが、出血性デング熱で入院、治ったら肺炎になり今も治療中です。ディリに住む日本人の友人達もデング熱にかかったという人が私の知っている限りで7人。蚊が媒介する病気の恐ろしさをあらためて実感しています。マラリアも、蚊が媒介する病気の一つ。私自身も罹患経験があります。激しい頭痛と高熱にうなされ、抗マラリア薬を飲んだ後はしばらく副作用にも悩まされます。日本ではマラリア患者を扱える病院は少なく、入院対象となる恐ろしいイメージのこの病気ですが、ティモールでは単なる風邪同然の扱いです。薬を手に入れるのも簡単。でも、発見が遅れて亡くなる人や、薬の飲み方を誤り耐性が出来、慢性化している人もいます。風邪のような病気ですが、正しい知識が無ければ死んでしまう恐ろしい病気でもあるのです。しかし...実はそんな恐ろしいマラリアは、小さな生活環境の改善で簡単に予防することができるのです。
 

目標5:妊産婦の健康の改善 -144

特別企画「もっと知りたいMDGs」の5回目として、MDGsの8つの目標の一つでもある「妊産婦の健康改善」について水上村で行われている母子保健プログラムを紹介します。

京都教区唐崎教会 篠田正司

<母子保健プログラム>
 コンポンルアンの水上村には陸地にあるものはなんでもあります。もちろん病院もありますが、水上村では「健康センター」と呼ばれています。しかし、水上村の7割をも占めるベトナム人の利用者は少ししかいませんでした。それはスタッフがカンボジア(クメール)人のみなので言葉の壁があったり、乾季には湖の水位がさがり健康センターは水上から遠く離れた陸地になってしまう交通事情があるからです。その結果健康センターが何をしている所なのかも知らないベトナム人は多かったのです。そこで健康センターで何が行われ、それがどんなに必要なのかを理解してもらう為に健康センターの医師を雇い、無料診療所を設置するプログラムを1年前に始めました。
144_01 もちろん全ての病人に呼びかけていきたいのですが今回は特に乳幼児を含む妊婦さんを対象とし、医師も産婦人科医を雇いました。その理由としては水上村では乳幼児の命が日本では考えられないようなことで失われてしまうからです。
 水上村ではほとんどの出産は自宅の船で行われます。命がけの出産です。順調に行えればいいのですが、未熟児のように日本だと生まれてすぐに特別な処置が施されるような場合でも自宅で出産を行わざるを得ません。ちょっとしたアクシデントが命取りになります。もちろんお母さんにとっても同じことが言えます。妊娠中も大きなお腹での水上生活は大変なので体力的にも精神的にも負担は大きくなります。
 その他にもお母さんの間違った知識や衛生管理により子どもが下痢による脱水症状になったり、防げる病気が防げなかったりします。このことも子どもにとってみたら命に関わる大問題なのです。そんな子ども達の命が失われずにすむように母子保健プログラムを始めました。
 具体的には健康センターが休みの土日に1日2時間の診療を識字教室を借りて行いました。もちろん通訳付きです。そこで、妊婦さんや乳幼児に対しての健康センターで行われているような健康診断、母子手帳の配布、鉄分やビタミンの薬の提供などを行いました。さらに月1度、予防接種とワークショップを行いました。
144_02 予防接種は今まではカンボジア(クメール)人居住地域でしか行われていませんでした。それをベトナム人居住地域でも行うことによって今まで予防接種の存在を知らなかった人たちも利用することができました。予防接種で防止できる病気は発症してしまうと重症になってしまう可能性のある病気なので、これだけでも多くの命を救えたと思います。

東ティモールからの手紙 -142

東ティモールに派遣中の渡邉怜子さんからのレポートです。
2年間かかわり続けた人との別れの中で「支援のあり方」について考え、多くの気付きをもらったようです。

横浜教区大和教会 渡邉怜子

オリビオさん
 AFMETの近くに、オリビオさんは住んでいます。
 約2年前、彼はココナツの木から落ちて下半身不随になりました。まだ36歳、尿道に管を通して排尿し、排便の世話を奥さんがしています。体の大きな人で、頑固で口が悪くて、近所の人からは遠ざけられている様子...。子どもは7人、上は18歳から下は1歳半まで。本当ならまだまだ家計にはお父さんが必要。奥さんはココナツオイルを作ったり、キャンドルナッツという木の実を集めて売りに行ったりしてお金を作っています。でもそれだけではなくて、家では子どもの世話、家事、畑、洗濯、そして、旦那の介護。会うたびに、彼女はやつれていきます。
 私たちがなぜ彼とかかわっているかというと、彼の村はAFMETクリニックの担当地域で月に1度の尿道の管(尿道カテーテル)の交換を私たちがすることになっているからです。初めは、継続性を考えてロスパロス国立病院にお願いしようと思いました。でも、私たちも目で見て知っているのです。彼らに車が無いことも、人材が足りないことも。彼らに任せたら、ケアの質は良くないだろうと思い、継続性のことも考えながらかかわっていくことになりました。彼は、マラリアや下痢、かなり深い褥創、そしてなにより、叩きのめされた父として、男としてのプライド、家庭内での役割の喪失、恥ずかしさ...など様々なものと戦いながら生きています。

 私は彼の家に行くたびに、何ができるのか考えていました。ボロボロのこの家を、建て直してあげたい、車いすに移りやすいように高さの低いベッドを作ってあげたい、月に1度、米と野菜を届けてあげたい、褥創予防のためにやわらかいベッドマットをあげたい...。どれも、日本人の私にとっては大金を必要としない援助です。明日にでも始められます。でも、それではダメなんです。外国人が簡単に金銭面での援助をすることの影響は、計り知れないものがあるからです。例えば私がこれらを実践する。そうすると、近所の住民はもう彼を助けなくなるでしょう。「あぁ、外国人が助けてるから自分たちはなんにもすることないや~。」と。そして、わたしが、AFMETが、いつか居なくなったら彼はどうなるのでしょうか?近所からも放置されることになります。それに彼にはもう一つ弱点が。それは、元気だったころとても悪い人だったということ。人の家畜を盗んだり、すぐに暴力振るったり。こんな状態になったいまでも、彼を知る人は口をそろえて彼は悪い人だというのです。外国人で村の内情を知らない私が簡単に援助などできる状況ではないのです。
 でも、彼を放っておくわけにはいきません。外国人としては一歩引いてみる。でも、人として、やはり放っておくことはできません。じゃあ、どうしたらいいのか?

 考え続けながら日々は過ぎて行きました。ある日、大雨の日。カテーテルの調子が悪いと、彼に呼ばれました。車で彼の家に行くのは大変です。ずごい泥で、四輪駆動でもズルズル滑るほどの悪路なのです。家に着いてカテーテルの交換、それから何か必要な薬は?...久々に彼が起き上った姿をみて、私はびっくりしてしまいました。土気色の顔、ガリガリに痩せてしまっていました。私は、緊急性を感じました。私がグタグタ悩んでいる間に彼は死んでもおかしくない。今は継続性ではなく、死なないために何かが必要な時かも...。でも、その影響のことも後々着いて回るし...どうしよう?

「もっと知りたいMDGs」Vol.1

目標1:極度の貧困と飢餓の撲滅
カンボジア・ステンミエンチャイ「屋台貸出しプロジェクト」


 皆さんMDGsってご存知でしょうか。
 MDGsは、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals)の略称です。「2015年までに世界の貧困を半減すること」など開発途上国の貧困問題の解決のために、国連や各国政府などの諸機関が共通の目標として掲げたものです。JLMMは、(特活)国際協力NGOセンター(JANIC)が呼びかけている、ミレニアム開発目標(MDGs)の普及・啓発を目的としたキャンペーン『世界の「貧しい」を半分に。MDGs2015』に賛同し、キャンペーン参加団体として活動を行っています。その目標1として、極度の貧困と飢餓の撲滅があります。貧困の撲滅とまではいきませんが、今回はJLMMが行っている細やかな取り組み、「屋台貸出プロジェクト」について、分かち合ってみたいと思います。


<ステンミエンチャイ地区>
 カンボジアの首都プノンペンは急速に発展しています。政治が安定してきたため外国企業が進出し、高級住宅街や商業施設、ホテルなど高層ビルが建設されています。車の量も急増し至る所で渋滞を起こしています。レクサスやハイラックスなど高級車も頻繁にみかけます。お洒落なカフェやレストランも増えていますが、利用しているのは外国人やお金持ちのカンボジア人だけで、一般のカンボジア人には遠い世界の出来事のように通り過ぎていきます。急発展しているプノンペンですが、発展の恩恵は権力者と外国人に集中し、国民は置き去りの状態で、地方から仕事を求めてきた貧困層の人たちが急増しています。

カンボジアからの手紙

力の充電...
 10年近くシェムリアップ教会で働いてきたヘリ神父様が8月で1年の休暇のためシェムリアップ教会を去ることになりました。ヘリ神父様のあのどこにいても分かる大きな明るい笑い声が聞こえなくなると思うと寂しいです・・・。神父様自身もここを離れたくない!と言っておられましたが、シェムリアップ教会にタオム、3つの水上村、クナ・トゥマイや農場など他のラーニングセンターの計8カ所を掛け持ち、さらには海外からのたくさんのゲストを受け入れ、案内するという私には考えられない体力と精神力!!!そして、どんなに疲れていてもシスターにミサを頼まれれば、例え旅行帰りでヘトヘトであろうと「イエス!」と答える神父様。でも、さすがのヘリ神父様もお休みが必要ですね。力の充電をしないと!と言われ、教会のみんなにとっても惜しまれながら、きっと思いっきり後ろ髪を引かれる思いだったと思いますが、シェムリアップを発たれました。シェムリアップに来てまだ1年と3ヶ月の私ですが、私にもいつかこんな日が来るのでしょうか...?とりあえず、私もプチ充電しに11月一時帰国予定です。


137_01神様の計画?!
 今は、クメール語を勉強中の若く新しいステパヌス神父様のもと、私は再び会計の役割を任せられ、ヘリ神父様から言われた通り、ステパヌス神父様の力になれるように教会のスタッフみんなで気持ち新たに頑張っているところです。私としてはまた会計か・・・と思うところもありますが、会計をしてくれていたスタッフが急にやめることになり、タオムでもクナ・トゥマイでも幼稚園の先生がとっても活躍してくれているし、去年の12月で会計を一旦やめてからタオムに行き始め、数ヶ月と言う短い期間に本当に貴重なたくさんの経験をさせてもらいました。2月に図書館、3月に幼稚園が始まり、4月にはタオムで40年ぶりになる洗礼式や献堂130周年記念があり、村人やスタッフとともに、たくさんの人たちを迎え、お祝いすることができました。また、JLMMのスタディーツアーや海外からもたくさんの人がタオムに来てくれ、たくさんの出会いがありました。この短い期間にこれだけの経験ができたことは本当に神様のお恵みですね。だから、また会計に戻ったこともきっと神様の計画のうち、と信じています。
神様からの贈り物!!
そんな中、お友達のフォトジャーナリストの高橋智史さんが来て私の活動の写真を撮ってくれました。これからは今までのように毎週は行けなくなるであろうタオムに一緒に来てくれ、子ども達といるところを撮ってくれました。子ども達と接している時、優しくていい表情してるよ!と、改めて言われると嬉しいものですね。幼児教育なんてしたことないし~と、悩みながら活動を始めて、これでいいのか?と毎回、自問しながらも、いつも子ども達の笑顔に励まされてきました。このタイミングで会いに来てくれて、たくさんの素敵な写真を撮ってくれた彼は神様が送ってくれた贈りもののようです。本当に感謝です♪

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タイからの手紙

農業・手工芸関連ワークショップ
 参加者の女性たちは、チェンマイ県をはじめチェンライ県、メーホーソン県、パヤオ県など北部を中心に20名ほどでした。参加者の中には、昨年のセミナーに参加してくださった女性が、今回も参加してくださっていました。参加理由も、昨年、他の人たちや地域の状況を知ることができ、有意義だったためという、大変嬉しいものでした。また、今年も男性数名が参加してくださり、村で女性が行う活動への理解、協力を得るために、とても助けになるのではないかと彼らの参加も大変ありがたいものでした。
 はじめに、私たちの日常生活、これまでの経験を振り返り、それらがどれだけ私たちの信仰に結びついているか、シスターのお話を通して、各自黙想することから始まりました。
 その後、各参加者の自己紹介が行われたのですが、カレン族の女性がとても力強い口調で参加理由を話し始めました。
普段から、とても活発的に活動されている女性です。「自分たちの伝統技術をどのように活かせるのか、またそれによって、どのように地域を活性化することができるのか、このセミナーからヒントを得たい」と、彼女の口調から自分たちの伝統技術への思い、民族への思いが強く感じられました。この女性が最初に自己紹介をしたのですが、彼女のこの話から、なんとなく参加しにきたというボヤーっとした雰囲気だった一部の参加者の意識が、少し引き締まった感じがしました。
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セミナー風景

東ティモール便り

<PSFワークショップ&コミュニティーリーダー達のミーティング!>
 3月3・4日、PSFワークショップがAFMET(東ティモール医療友の会)にて開催されました。PSFとは、SISCa(国の地域保健システム)プログラムの中で活躍するボランティアさんです。35名に招待状を出し、2日とも28名が参加し思った以上に良い出席率を得ることが出来ました。1年間SISCaで頑張ってきたPSFさん達。彼らが今必要としていることはどんなことなのか、AFMETはどうやって彼らをサポートしていったらいいのか。政府とどんな風に協力していくことができるのか。また、栄養や環境衛生に関する知識と技術面へのリフレッシュトレーニングなど、色んな要素を詰め込んだ2日間でした。
 このプログラムはAFMETだけではなく、県保健局との連携の上で行いました。私たちNGOだけが独走するプログラムはもう時代遅れ。何をするにも必ず、県保健局と一緒に。NGOの役割は彼らのサポートだからです。NGOが先頭を切って走っていては、いつまでたってもNGO頼りから抜けることができません。
 今私たちが直面している問題は、国側に予算が下りにくいこと。お金はあるけど使いこなせない。使うシステムが整っていない、ということです。先日政府主催のワークショップに出た時も、各地域から集まった公務員たちは口々に「計画は沢山あるけどお金が無いんだよ!」と言っていました。本来、国にしっかり予算を下していく、消化していくシステムがなければいけない。でも、この国はまだまだシステム化されていないのです。私としては、今進んでいかなきゃいけないことがあるなら、NGOがお金をサポートするのもありだと思っています。
 でも良くないのは「NGOが出してくれるからいいや」となってしまうこと。それだけは、私たちも気をつけていなければいけないことだと思います。だから必ず協力体制で。
NGOはいつかいなくなる。だから、NGOがいる間に、NGOに金銭的な力がある間に、東ティモール政府はシステム作りを頑張らなくてはいけないのです。
 今回のワークショップのトピックも、AFMET・PHC(プライマリヘルスケア)コーディネーターのアリノさん、県保健局のHP(ヘルスプロモーション)&環境衛生課長アルフレッドさん、栄養課長バージニアさんと一緒に考えました。「リフレッシュトレーニングはどんな内容にしたい?AFMETの去年のモニタリング結果では問題はこんなことやあんなこと・・・。」「私もモニタリングしてきたけど、問題はここにもあるわ。栄養課としては、ここに重点を当ててトレーニングをしようと思う。」「環境衛生は?」「家庭訪問、環境チェック活動がまだ実行されていないところが多いから、そのことを説明するよ。SISCaの中でも啓蒙活動があまり出来ていないからね。」「AFMETは彼らに自分たちの問題分析をやってもらおうと思っているんだけど。誰かに頼んだり、誰かのせいにするだけではなく、自分達でもなにか出来ることを探してもらいたいし、困った時に誰に相談したらいいのか、問題別に知っておいてもらいたいし。」「SISCaのスコアも使って彼らのモチベーションをあげていこう。
一番スコアの良かったPSF達にちょっとした景品をあげたら他のモチベーションアップにもなるかもしれないよ。」
 今あるお金をどんなふうに使ったら一番効果的か。人々のメンタリティを熟知している彼らと相談することで、私たちには浮かばないアイディアも出てきます。こういう意見を聞いていると、やっぱり協力は欠かせないと肌で感じます。
 「じゃ、当日よろしく!」

タイからの手紙

タイ・チェンマイからレポートが届きました。2007年から活動を続けている松本和歌子さんが、カレン族やラフ族などの少数民族との関わりの中で見えてきたもの、自分の心の動きをお伝えします。 

Bwe K Ler (ブエクラー) 小学校
 昨年より何度か訪ねている、メーソット郊外にある移住者の子ども達の学校です。主にビルマカレンの子ども達が、近隣の村や寮で共同生活をし、この小学校で勉強しています。

 寮生のほとんどは、両親を亡くしています。理由は、ビルマ軍による襲撃で殺されたり、地雷によって亡くなったりなどです。また、ビルマ国内では、教育の機会が得られず、メーソット方面へ向かう人へ、両親が子どもを託すケースも多いとのことです。学校の先生の話では、両親を亡くし、孤児に
なった子どもは、少年兵にするために捕えられる危険性が特に高く、積極的に受け入れているようでした。現在は、寮生が110名、通学生が約100名在籍しています。そして、70名の子ども達が、通学手段がなく、勉強したいと訴えながらも、村での待機が続いています。そのスクールバス購入のため、現在も日本の方々が、寄付金を募って下さっています。タイでは、日本と比べ、車は相当高額になります。
 中古車の額も、この額だったら日本でもっといい車が買えるのに、と思ってしまいたくなる額で売られています。スクールバスには子ども達が乗ります。日本の支援者の皆さんは、安全面や今後の使用期間やコストも考え、慎重に選んで下さっています。

 何気なく「スクールバスが必要な学校があるんです。」と、しばしばチェンマイを訪れる、長年、北タイの子ども達の教育支援をされている、日本人ご夫妻に話したことがきっかけでした。そして、ご夫婦のお友達の方々などを通して、寄付金を募っていただけることになりました。
 小学校訪問時、スクールバスに関する経過報告をしています。毎回、訪問のための連絡をすると、「スクールバスが来るのか?」「明日来るのか?明後日か?来週か?」と、期待のこもった声で聞かれます。その度に「まだです。今、日本で寄付金を募っています。」と返事をするのが、お決まりになりつつあります。
 そして、訪問するといつも新たな問題を抱えています。昨年までの校長先生、現在は理事のような立場の先生は、その問題解決のため常に駆け回っています。
 このBwe K Ler小学校を、昨年初めて訪れた時に聞いた、当時の校長先生をはじめ他の先生方たちのお給料は、大変低いものでした。しかしどの先生も、少しでも子ども達に教育の機会をと、一生懸命頑張っていらっしゃいました。また保護者の理解が得られず、子ども達を通わせていない家庭には、放課後、各先生方が可能な限り家庭訪問をし、保護者との話し合いを行っていました。
 この様な先生方自身での努力を見せていただきながらも、チェンマイに住む私にできることは、学校からの要望であるスクールバスなど、物質的な支援を日本の方にお願いすることしか思いつきませんでした。

  Bwe-K-Ler-School  今回の訪問時、新たに増えていた問題は、寮生のごはんが確保できない日があるという問題でした。食事がない日はどうしているのか尋ねると、「我慢できるから。」という返事でした。時間がある時は、先生方と一緒に山へ食材を探しに行くこともあるとのことです。
 確かに、これまでの彼らの生活で、十分な食事にありつけない日も多々あったと思います。そして彼らだけではなく、世界中に食べ物を必要としている人がいることも事実です。しかし、同じタイに住みながら、彼らのすぐ横で、好きなものを好きなだけ食べている子ども達がいるのです。

 食堂で授業を受ける子ども達

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